
営業の社員から「お客さまのメールをAIに貼りつけて、返事の下書きを作ってもいいですか」と聞かれた。だめと言えば使えない。いいと言えば、お客さまの名前や住所までAIに入ることになる。どこに線を引けばよいのか、その場では答えられなかった。
生成AIを使い始める会社で、最初にぶつかるのがこの問いです。決めないまま使い始めると、社員の方はそれぞれの感覚で入れるか入れないかを判断します。慎重な人は使わなくなり、気にしない人は何でも入れる。どちらも会社にとってよい形ではありません。
この記事では、社内の情報を3つに分けて線を引く方法、お客さまや社員の個人情報の扱い、入れた内容が学習に使われない設定の確かめ方、社員への伝え方を、個人情報保護委員会の注意喚起をもとに説明します。
情報を3つに分ける
「入れてよいか、だめか」の2つで分けようとすると、ほとんどの情報が「場合による」になって、決めきれません。間に「条件つきで入れてよい」を置いて、3つに分けるのがおすすめです。
生成AIに入れる情報の3つの分け方(例)| 分け方 | どんな情報か | 例 |
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| 入れてよい | すでに公開している情報、だれが見ても困らない情報 | 自社のホームページの文、公開済みのお知らせ、一般的な言い回しの相談 |
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| 条件つきで入れてよい | 名前や数字を伏せれば使える情報、設定を確かめたAIでなら使える情報 | お客さまの問い合わせの文(名前・連絡先を伏せる)、社内の議事録(人の名前を役職に置きかえる) |
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| 入れない | 漏れたら取り返しがつかない情報、他社から預かった秘密 | マイナンバー、パスワード、口座の番号、健康や病歴の情報、未公開の取引条件、取引先から秘密として受け取った図面や資料 |
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表の「例」は、会社ごとに中身が変わります。建設の会社なら図面、製造の会社なら配合や加工の条件、小売の会社なら仕入れの値段が「入れない」に入るかもしれません。自社の言葉で、具体的な書類の名前を書き入れていきます。
分ける前に、社内の情報を並べる
- ふだんの仕事で扱う書類やデータの名前を、部署ごとに書き出す(見積書、日報、顧客名簿、議事録など)
- それぞれに、「漏れたら困るのはだれか」を書く(お客さま、社員、取引先、自社)
- 取引先と秘密を守る約束をしている情報に印を付ける(契約書で決めていることがあります)
- 上の表の3つのどれに当たるかを決める。迷ったものは「条件つき」に入れ、条件を書く
- 「条件つき」の情報ごとに、何を伏せれば入れてよいかを1行で書く
3つ目の「取引先との約束」は見落とされがちです。取引先から受け取った資料は、自社の情報ではありません。秘密を守る約束をしている場合、AIに入れることがその約束に反しないかを、契約書で確かめておきます。分からなければ「入れない」に入れておくのが安全です。
社外秘の線は「競合に見られたら困るか」で引く
個人情報は法律で扱いが決まっているので、線を引きやすい情報です。迷いやすいのは、自社の社外秘のほうです。どこまでを社外秘とするかは、会社ごとに決めるしかありません。
目安として、「この情報を同業の会社に見られたら困るか」と問いかけてみます。まだ発表していない新しい商品、値段の決め方、取引先ごとの条件、採用を進めている人の情報などは、多くの会社で「困る」に入ります。反対に、社内の会議の進め方や、一般的な文面の書き方は、見られても困らないことが多いでしょう。
「困る」に入った情報でも、要点だけを抜き出し、数字や名前を消せば「条件つき」に移せる場合があります。新しい商品の説明文を練りたいなら、商品名と値段を伏せて、特長の部分だけを入れる、といった形です。
例:営業部で作った分け方の一部
例として、営業部の書類を並べたところ、「商品の説明文」は入れてよい、「お客さまからの問い合わせメール」は名前・会社名・連絡先を伏せれば入れてよい、「見積書」は単価が取引先ごとの条件なので入れない、と分かれたとします。冒頭の営業の社員の問いには、「名前と連絡先を伏せれば使ってよい」と答えられるようになります。
個人の情報の扱い
3つの分け方の中でも、いちばん気をつけたいのが個人情報です。個人情報保護委員会は、令和5年6月2日に「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」を出し、事業者が生成AIを使うときの注意点を示しています。
要点は2つです。1つは、個人情報を含む指示(プロンプト)を入れる場合、その個人情報を集めたときの利用目的を達成するために必要な範囲内かを十分に確かめること。もう1つは、本人の同意なく個人データを入れ、それが答えを出す以外の目的で扱われる場合、法律に反するおそれがあるので、AIの会社がそのデータを機械学習に使わないことなどを十分に確かめること、です。
総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン(第1.1版)」でも、AIを使う側の事業者が気をつけることとして、個人情報や機密情報を不適切に入力しないよう注意を払うことが挙げられています。
利用目的の範囲かを確かめる
利用目的の範囲とは、たとえば「お問い合わせへの回答のため」に受け取ったお客さまの名前を、その回答を作るために使う、ということです。同じ名前を、新しい商品の案内を送る名簿づくりにAIで使うのは、目的が変わります。自社のプライバシーポリシーなどに書いてある利用目的を、一度読み直しておきます。
伏せ方を決めておく
個人の情報の伏せ方(例)| 元の情報 | 伏せ方 | 伏せても答えに困らない理由 |
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| お客さまの名前 | 「A様」「お客さま」に置きかえる | 返事の文面を作るのに、本当の名前はいらない |
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| 住所・電話番号・メールアドレス | 消す | 文面の中身には関わらない |
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| 社員の名前 | 役職や「担当者1」に置きかえる | 議事録の要点をまとめるのに、名前はなくても足りる |
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| 生年月日・年齢 | 「60代」のように幅にする、または消す | 年代が分かれば足りる場面が多い |
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| 病気やけがの話 | 入れない | 伏せても本人が分かることがあり、扱いに特に注意がいる |
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伏せる作業は、AIに入れる前に人がやります。AIに「名前を伏せて」と頼むのでは、伏せる前の情報がすでにAIに入っています。名前を置きかえた文を作ってから貼りつける、という順番を守ります。
伏せるのが手間で使われなくなるなら、伏せる作業そのものを道具にする方法もあります。社内の端末の中で名前や番号を置きかえてから、AIに渡す形です。
学習に使われない設定を確かめる
個人情報保護委員会の注意喚起にあるとおり、入れた内容がAIの会社の機械学習に使われるかどうかは、事業者が確かめるべき点です。生成AIのサービスには、入れた内容を学習に使う設定のものと、使わない設定のものがあります。同じサービスでも、個人向けと法人向けで扱いが違うことがあります。
使い始める前に確かめること| 確かめること | どこで確かめるか |
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| 入れた内容が学習に使われるか | サービスの利用規約、データの扱いの説明、設定の画面 |
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| 使うのは個人向けか、法人向けか | 契約しているプランの説明 |
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| 入れた内容がどのくらい保存されるか | データの扱いの説明、履歴の設定 |
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| 会話の共有の機能で、外から見られることはないか | 共有の設定、社内での使い方の決まり |
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| アカウントはだれの名義か | 契約の画面。社員の個人アカウントを使っていないか |
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設定の名前や画面の場所は、サービスの更新でよく変わります。この記事では書きません。使うサービスの最新のヘルプや規約で確かめてください。確かめたら、「何を、いつ、だれが確かめたか」を1行記録しておきます。半年に一度ほど、同じ確かめをくり返します。
例:確かめた記録の書き方
例として、「2026年11月2日、総務の担当が、社内で使っている生成AIのサービスについて、法人向けの規約を読み、入れた内容が学習に使われない扱いであることを確かめた。履歴の保存の扱いも規約の該当の所を保存した」と1行残します。次に確かめる人は、この記録と今の規約を見比べるだけで済みます。
社員の個人アカウントで使わない
見落としやすいのが、社員の方が自分の個人アカウントで仕事に使っている場合です。会社で設定を確かめていても、個人のアカウントは別の設定のままです。仕事で使うアカウントは会社の名義でそろえ、個人のアカウントには仕事の情報を入れない、と決めておきます。
社員への伝え方
帝国データバンク水戸支店の調査(2026年3月)では、茨城県内の企業が挙げた生成AI活用の懸念・課題として、「情報漏洩のリスク」が29.3%ありました。心配しているのは経営者だけではありません。使う社員の方も「これを入れていいのか」と迷っています。決めたことを分かりやすく伝えれば、迷いが減り、安心して使えるようになります。
伝えるための4つの手順
- 3つの分け方を、A4の紙1枚にまとめる。表の「例」には、自社の書類の名前をそのまま書く
- 「条件つき」の情報には、伏せ方を1行ずつ添える
- 迷ったときに聞ける人を1人決め、紙のいちばん下に名前を書く
- 朝礼や部署の集まりで5分だけ説明し、紙を配る。説明のあと、その場で1つ例を試してみせる
4つ目の「その場で試してみせる」が効きます。お客さまのメールの名前を「A様」に置きかえてからAIに返事の下書きを頼む、という一連の動きを見せると、文章で読むより早く伝わります。
よくある迷いを、答えつきで並べておく
使い始めると、同じ迷いが何人からも出てきます。聞ける人に届いた質問は、答えと一緒に紙の裏に足していきます。たとえば、次のような迷いです。
- 「取引先の会社名だけなら入れてよいか」:公開している取引の相手なら入れてよい、など自社の答えを書きます。
- 「社内の会議の録音を文字に起こしてよいか」:参加者の名前を役職に置きかえてから要約を頼む、など手順で答えます。
- 「求人の応募者の書類を要約させてよいか」:応募者の個人情報は、利用目的と扱いを決めるまでは入れない、など線を示します。
- 「自社の製品の写真を入れてよいか」:発表済みの製品ならよい、発表前の試作品は入れない、など時期で分けます。
答えが並ぶと、社員の方は聞く前に自分で判断できるようになり、聞ける人の手間も減ります。答えの例が増えるほど、3つの分け方は社内の言葉になじんでいきます。
「入れてしまった」ときの連絡先も決める
決まりを作っても、うっかり入れてしまうことはあります。そのときに黙っていられるのがいちばん困ります。「入れてしまったら、すぐに聞ける人へ連絡する。責めない」と紙に書いておきます。早く分かれば、その会話の履歴を消す、使っているサービスの扱いを確かめる、といった手が打てます。
入力のほかにも、社内で決めておくことはあります。AIの答えを確かめる所、使ってよいサービス、見直しの時期などです。社内ルール全体の作り方は、別の記事にまとめました。
生成AIの社内ルールの作り方
いばらきAIにご相談いただいたら
いばらきAIでは、AIを使い始める前に、AIに読ませる情報と読ませない情報を、お客さまと一緒に決めます。名前を伏せて使う、読ませない書類を決めておくなど、線引きを先にしてから進めます。入れた内容をAIの会社が学習に使わない設定にしてから使い、お客さまの個人情報を扱う仕組みは、扱い方を決めてから作ります。
AX推進顧問では、月2回の定例で社内の仕事を知り、AIに任せる仕事と順番を決めるのとあわせて、こうした線引きを御社の決まりに合わせて決めます。社員の方に使い方を身につけてほしい場合は、AI研修で、AIの使い方を全6回で1つずつ身につけていただけます。1〜5名・1回2時間・約2か月、オンラインで、演習の題材はメールの返事や議事録など、ふだんの事務から選びます。
初回のご相談(無料・30分〜)はオンラインで行います。メールで、気になっている情報の扱いを一言お送りください。
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まとめ:社内の書類の名前を、3つの箱に入れてみる
- 情報は「入れてよい」「条件つき」「入れない」の3つに分ける
- 個人情報は、利用目的の範囲か、学習に使われないかを確かめ、入れる前に人が伏せる
- 使うサービスの規約と設定を確かめ、確かめた日を記録する
- 決めたことは1枚にまとめ、迷ったとき・入れてしまったときに聞ける人を決める
まずは、自分の部署で使っている書類の名前を10個書き出し、3つの分け方のどれに入るかを書いてみてください。迷ったものが、社内で話し合う最初の議題になります。